寒い。朝と夜が寒い。だけだと思っていたら、日中も寒い。
先日ある学生がもうコタツを出したと聞いて、それは早すぎると言い送ったばかりだった。しかし、最近本当に寒い。僕としてはもっと11月末くらいまでは我慢できると思ったけれど、もう無理だと思った。そしてついに、押入れからコタツ布団を引っ張り出した。
僕はコタツを出すと田舎の家族を思い出す。
小さい頃よく母親に「今年はまだコタツ出さんがん?」と聞いたものだった。母親はよく「まだ早い」と言った。しかし、ある日学校から帰った時に、ついに居間のテーブルがコタツに変わっているのを見た時の喜びは、毎年格別なものだった。部屋の雰囲気もコタツが加わるだけで随分変わるから不思議。それだけで部屋全体の温かさまで増し加わるようだった。そしてその頃から、不思議と窓の外がより一層寒く見えるようになる。
また、コタツは家族の集まる場所だけにいろんな思い出がある。僕はブログで言うのは初めてだが、実は5人兄弟の4番目。しかも上から下まであまり年齢が離れていないため、かなり騒がしい家庭だった(ようだ…)。だからそんな家庭内でのコタツの場所取り争いや、コタツの中での足のポジショニング争い、そしてコタツ内に充満した異臭の犯人探しなどは、日常的な思い出として今も鮮明に思い出される。
僕にとってコタツは、そういった種類の家具である。
一人暮らしを始めて5年目になるが、一人のコタツは未だどこか哀しげに写る。気が楽で心地よく、何の争いも攻防もなくとてもリラックスでき、機能的にも申し分なく温かい。でもここにはある種類の温かみが欠けているように感じる。それはコーラとダイエットコーラくらい全然違うことのように思える。
コタツの頃、母親はよく干し柿を窓辺に吊るして作っていた。窓の外の木枯らしに揺れる干し柿。僕は干し柿が大嫌いだったが、また見たいと思う時がある。コタツを出した今日みたいな日には。だから僕は静かに、同じコタツから見たあの懐かしい風景を探し始める。
先日ある学生がもうコタツを出したと聞いて、それは早すぎると言い送ったばかりだった。しかし、最近本当に寒い。僕としてはもっと11月末くらいまでは我慢できると思ったけれど、もう無理だと思った。そしてついに、押入れからコタツ布団を引っ張り出した。
僕はコタツを出すと田舎の家族を思い出す。
小さい頃よく母親に「今年はまだコタツ出さんがん?」と聞いたものだった。母親はよく「まだ早い」と言った。しかし、ある日学校から帰った時に、ついに居間のテーブルがコタツに変わっているのを見た時の喜びは、毎年格別なものだった。部屋の雰囲気もコタツが加わるだけで随分変わるから不思議。それだけで部屋全体の温かさまで増し加わるようだった。そしてその頃から、不思議と窓の外がより一層寒く見えるようになる。
また、コタツは家族の集まる場所だけにいろんな思い出がある。僕はブログで言うのは初めてだが、実は5人兄弟の4番目。しかも上から下まであまり年齢が離れていないため、かなり騒がしい家庭だった(ようだ…)。だからそんな家庭内でのコタツの場所取り争いや、コタツの中での足のポジショニング争い、そしてコタツ内に充満した異臭の犯人探しなどは、日常的な思い出として今も鮮明に思い出される。
僕にとってコタツは、そういった種類の家具である。
一人暮らしを始めて5年目になるが、一人のコタツは未だどこか哀しげに写る。気が楽で心地よく、何の争いも攻防もなくとてもリラックスでき、機能的にも申し分なく温かい。でもここにはある種類の温かみが欠けているように感じる。それはコーラとダイエットコーラくらい全然違うことのように思える。
コタツの頃、母親はよく干し柿を窓辺に吊るして作っていた。窓の外の木枯らしに揺れる干し柿。僕は干し柿が大嫌いだったが、また見たいと思う時がある。コタツを出した今日みたいな日には。だから僕は静かに、同じコタツから見たあの懐かしい風景を探し始める。
夕方に獨協大の皆と別れて一人御茶の水へ。この日は長い一日になる覚悟で事務所に籠ると決めていた。
KGKは現在も多くのブックレットを出版して1冊100円で販売しているが、昨年、このブックレット編集のために素晴らしく有能な編集ソフトがKGKに導入された。そのソフトを使うと、専門的なテクニックでエレガントにブックレット編集を行うことができる。
しかし、システムはそんなにシンプルではない。専門的な事ができる分、より操作も複雑になる。もちろん限り無く素人に使いやすくプログラムされているが、たぶんパワーポイントに苦戦する方には残念ながら使いこなすのは無理だろう。
現在この編集ソフトを使うことができるのは全国主事の中でA主事だけ(そもそも全国事務所にしか編集ソフトがない)。A主事はT大漫画研究会出身だけあって、その美的センスは主事会一。この役目にはうってつけの人物だ。しかし、A主事だけでは今後出版が追いつかないので、僕も第二のA主事を目指してこの役目を与かった。そしてこの日、急いで技術を取得するべく事務所に籠もったのだった。とにかくこういう初めてのソフトは実際に動かして探求しながらマスターするのが一番いい。
************
操作し続けること数時間。あっという間に時間が過ぎて行った。
使ってみたところ、操作自体は「Illustrator」に近く、システムや考え方としては「TEX」に近い。そしておもしろい。とても楽しい。僕はこういう作業が嫌いじゃなく、やり始めたら止まらなくなるようだ。デザイン系の仕事も好きで、新しいシステムを取得することもまた喜びだった。ずっと籠もってこういう作業をし続けるのも悪くないと思った。
気がつけば、午後10時をとっくに過ぎていた。帰る時間だった。
************
帰りの電車の中で小説を読んだ。デジタルからアナログへ。気持ちいの良い切り替えが僕の脳みその中で行われると、読書は布団の中までスムーズに滑り込んだ。やがて心地よい眠気がやってくると、僕の長い一日が終わっていった。
KGKは現在も多くのブックレットを出版して1冊100円で販売しているが、昨年、このブックレット編集のために素晴らしく有能な編集ソフトがKGKに導入された。そのソフトを使うと、専門的なテクニックでエレガントにブックレット編集を行うことができる。
しかし、システムはそんなにシンプルではない。専門的な事ができる分、より操作も複雑になる。もちろん限り無く素人に使いやすくプログラムされているが、たぶんパワーポイントに苦戦する方には残念ながら使いこなすのは無理だろう。
現在この編集ソフトを使うことができるのは全国主事の中でA主事だけ(そもそも全国事務所にしか編集ソフトがない)。A主事はT大漫画研究会出身だけあって、その美的センスは主事会一。この役目にはうってつけの人物だ。しかし、A主事だけでは今後出版が追いつかないので、僕も第二のA主事を目指してこの役目を与かった。そしてこの日、急いで技術を取得するべく事務所に籠もったのだった。とにかくこういう初めてのソフトは実際に動かして探求しながらマスターするのが一番いい。
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操作し続けること数時間。あっという間に時間が過ぎて行った。
使ってみたところ、操作自体は「Illustrator」に近く、システムや考え方としては「TEX」に近い。そしておもしろい。とても楽しい。僕はこういう作業が嫌いじゃなく、やり始めたら止まらなくなるようだ。デザイン系の仕事も好きで、新しいシステムを取得することもまた喜びだった。ずっと籠もってこういう作業をし続けるのも悪くないと思った。
気がつけば、午後10時をとっくに過ぎていた。帰る時間だった。
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帰りの電車の中で小説を読んだ。デジタルからアナログへ。気持ちいの良い切り替えが僕の脳みその中で行われると、読書は布団の中までスムーズに滑り込んだ。やがて心地よい眠気がやってくると、僕の長い一日が終わっていった。
この日は獨協大学文化祭「雄飛祭」。朝の教会清掃を終えて急いでかけつけると、中庭ステージから聴き覚えのあるゴスペルが聴こえてくるでわないか。そう、獨協大学の学生は実に賛美が大好きなのだ。
多くの出店をスルーして足早にステージに駆けつけると、フルバンドで演奏するお馴染みの学生達の姿が。実に堂々とした素晴らしい演奏で、こういうのはとても良いなと思った。演奏は学内に響き渡り、福音の音色が多くの学生達の耳に届けられただろう。

※クリックすると少し大きくなります
外での演奏が終わると、今度は教室に戻って再び演奏が控えていた。すぐに楽器を移動させ、セッティングに。そしてセッティングが終了した後のある学生同士の会話が印象的だった。
「ちょっと練習しとく?」
「いや、ビラ配りましょう。少しでもたくさん来るほうがいい。」
「そうだね、よし行こう!」
お昼の時間。午後の演奏を控えて食事する時間もまともにとらずに全員でビラを配る。そんな学生達を見ていると、本当に皆自分たちの聖書研究会が大好きなのが分かる。「来て、見てください」そういう気持ちがとてもよく伝わってきた。
午後の教室での演奏は、2人の学生の証しも盛り込み、午前よりも福音的な色を前面に押し出していた。それもまたとてもよかった。本当に堂々としていて、ぶれがなかった。

※クリックすると少し大きくなります
演奏の後は「ウォーク・トゥ・リメンバー」という映画を上映した。福音的な背景もあるみたいだが、特に説教臭くのない一般的な映画だった。もちろん良い意味で。久しぶりに素直にゆっくり映画を楽しんだ。
*************
映画上映後、驚きの出会いがあった。映画上映中、後ろのほうに座っていた獨協大の卒業生と思しき方が、上映後に僕に向かってきて「永井主事!」と声をかけてきたのだ。僕は最初からどこかで見た顔だと思っていたが、声をかけられてようやく思い出した。
あ、あなたは!M崎Mさん…!
実はこの方、何と僕があの最悪な態度で参加した2006NCにおいて一緒のグループだった方だ。主事になってから、関東でずっと会いたいと願っていたMさん…。やっと会えた…。そしてやっと言えた。
あの時はすみません…!!
あの時のグループメンバーほど、僕が主事になったことを驚いた人はいないだろうと思う。だから会って、今はなんとかこんな感じで主事をやっていますと言いたかった。それがやっと一人また実現したのだ。
そこから昔話に花が咲いた。実際いろいろ当時の話を聞くと、Mさんはちゃんと僕の初日グループタイムでのあの言葉をしっかり覚えていた。本当に申し訳ない。さらに当時の僕の印象を聞くと、聞けば聞くほど最低で、「随分印象が変わったね…」と言われた。3年間のうちに、いろんなことがあったのだ。
しかし、当時の僕の目から見てもMさんはあの頃随分スレていた。だから、Mさんも確実に僕に近いテンションだった。そしてあらためて今聞くとやはりそうだった。Mさんもかなり引き気味で参加していたのだ。しかし嬉しいことに、MさんはNCでの僕のある別の発言をきっかけにKGK会員になることを決めたらしく、NCの1週間後に会員届けを提出したことを分かち合ってくれた。僕はそんなことはちっとも知らなかったが、その後Mさんは地区役員もされて、今や伊勢崎の偉大な先輩として語り継がれている…。
この再会は本当に嬉しかった。本当に。冗談抜きで、僕の人生における「素敵再会ランキング」の中で1位になるのではないだろうか。確かに「再会」という狭いカテゴリーではあるが、それでも1位になるほどに、この出会いは本当に思い入れの強い再会となった。
だからといって僕たちはそこまで深く語りあうわけでもなかった。むしろしばらく昔話をしたら、会話がなくなったほどだった。しかしそれは、お互いの現在の顔を見るだけで、NCから現在までの3年間がどれほどお互いに祝福されたものであったかが分かったからだった。それは言葉にするまでも無いような事実であり、言葉にしなくても共有できることのようだった。
だからこそ、僕はこの再会が本当に嬉しかった。本当に。
多くの出店をスルーして足早にステージに駆けつけると、フルバンドで演奏するお馴染みの学生達の姿が。実に堂々とした素晴らしい演奏で、こういうのはとても良いなと思った。演奏は学内に響き渡り、福音の音色が多くの学生達の耳に届けられただろう。

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外での演奏が終わると、今度は教室に戻って再び演奏が控えていた。すぐに楽器を移動させ、セッティングに。そしてセッティングが終了した後のある学生同士の会話が印象的だった。
「ちょっと練習しとく?」
「いや、ビラ配りましょう。少しでもたくさん来るほうがいい。」
「そうだね、よし行こう!」
お昼の時間。午後の演奏を控えて食事する時間もまともにとらずに全員でビラを配る。そんな学生達を見ていると、本当に皆自分たちの聖書研究会が大好きなのが分かる。「来て、見てください」そういう気持ちがとてもよく伝わってきた。
午後の教室での演奏は、2人の学生の証しも盛り込み、午前よりも福音的な色を前面に押し出していた。それもまたとてもよかった。本当に堂々としていて、ぶれがなかった。

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演奏の後は「ウォーク・トゥ・リメンバー」という映画を上映した。福音的な背景もあるみたいだが、特に説教臭くのない一般的な映画だった。もちろん良い意味で。久しぶりに素直にゆっくり映画を楽しんだ。
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映画上映後、驚きの出会いがあった。映画上映中、後ろのほうに座っていた獨協大の卒業生と思しき方が、上映後に僕に向かってきて「永井主事!」と声をかけてきたのだ。僕は最初からどこかで見た顔だと思っていたが、声をかけられてようやく思い出した。
あ、あなたは!M崎Mさん…!
実はこの方、何と僕があの最悪な態度で参加した2006NCにおいて一緒のグループだった方だ。主事になってから、関東でずっと会いたいと願っていたMさん…。やっと会えた…。そしてやっと言えた。
あの時はすみません…!!
あの時のグループメンバーほど、僕が主事になったことを驚いた人はいないだろうと思う。だから会って、今はなんとかこんな感じで主事をやっていますと言いたかった。それがやっと一人また実現したのだ。
そこから昔話に花が咲いた。実際いろいろ当時の話を聞くと、Mさんはちゃんと僕の初日グループタイムでのあの言葉をしっかり覚えていた。本当に申し訳ない。さらに当時の僕の印象を聞くと、聞けば聞くほど最低で、「随分印象が変わったね…」と言われた。3年間のうちに、いろんなことがあったのだ。
しかし、当時の僕の目から見てもMさんはあの頃随分スレていた。だから、Mさんも確実に僕に近いテンションだった。そしてあらためて今聞くとやはりそうだった。Mさんもかなり引き気味で参加していたのだ。しかし嬉しいことに、MさんはNCでの僕のある別の発言をきっかけにKGK会員になることを決めたらしく、NCの1週間後に会員届けを提出したことを分かち合ってくれた。僕はそんなことはちっとも知らなかったが、その後Mさんは地区役員もされて、今や伊勢崎の偉大な先輩として語り継がれている…。
この再会は本当に嬉しかった。本当に。冗談抜きで、僕の人生における「素敵再会ランキング」の中で1位になるのではないだろうか。確かに「再会」という狭いカテゴリーではあるが、それでも1位になるほどに、この出会いは本当に思い入れの強い再会となった。
だからといって僕たちはそこまで深く語りあうわけでもなかった。むしろしばらく昔話をしたら、会話がなくなったほどだった。しかしそれは、お互いの現在の顔を見るだけで、NCから現在までの3年間がどれほどお互いに祝福されたものであったかが分かったからだった。それは言葉にするまでも無いような事実であり、言葉にしなくても共有できることのようだった。
だからこそ、僕はこの再会が本当に嬉しかった。本当に。
今週から来週は各大学で文化祭ラッシュです。毎年各大学でKGK学生が展示や出展をして伝道の機会としています。
というわけで今月2度面の山梨訪問。この日は都留文科大学文化祭「桂川祭」。何と今年は聖書研究会で初の展示をやるということで、喜び勇んで応援に行った。

学内に入るとそこはいかにも大学の文化祭!立ち並ぶテントではお好み焼き、たこ焼き、うどん、ポテト、から揚げ、と定番の出店!ステージでは耳が痛くなるような爆音のバンド演奏!…そしていろんな衣装に身を包んだ学生達が若々しく騒いでいるのは、いかにもいかにも大学の文化祭だった。
それからすぐにパンフレットで聖書研究会の教室を見つけ出し、直行。教室の前ではお馴染みの学生が聖研の立て札を持って立っていた。わくわくしながら入室…!!

実に爽やかな会場に、キリスト教について分かり易くかつ充実した内容の展示がなされていた。正直こんなにちゃんと準備しているとは思わず、予想以上のクオリティの高さに本当に感激した。

しかもかなり多くの人数がこの展示を訪ねていた。僕は昼時から夕方の終わるまでいたのだが、大体常時2〜3人が展示を見ていた。聖研メンバーの友達もたくさん訪ねてきて、メンバー達は驚きと喜びの中で一生懸命自分達の信仰を説明していた。ちなみに右上写真の一番奥の男子学生は、ビール缶片手に来場(笑)…一緒に来た友人たちと「十戒」の展示を見ながら「姦淫」を何と読むのか議論していた。そして何となく意味も分かったらしく「お前はだめだな、絶対クリスチャンになれん!」と言い合っていた。しかしその内の一人は最後は喜んでギデオン聖書を持って帰っていった。こんな風にいろんな来場者がいる。これもまた醍醐味。

途中、都留文の「ゆず」こと「望&順人」の賛美。

黒板には誰が書いたかこんなかわいいイラストも…「人はパンだけで生きるんじゃないんだよぉ〜」と脱力系のイエス様。

近くのY教会のT先生も応援に来て下さり、最後は記念撮影。終わってみて、とにかく良い意味でみんなの期待を裏切る大盛況だった。御言葉カードやチラシをのべ300枚も配布することができ、非常に用いられた時となった。ある学生は終わったときに「私は神様をなめていました…」と神様のなさるわざの大きさに驚きつつ感謝をささげていた。
その後皆で祝勝会。近くの中華料理屋でお腹を満たし帰宅。最近朝晩がめっきり冷えるが、本当に心温まる1日だった。僕は来週少なくともあと2つの文化祭には行こうと思っている。今からもう楽しみだ。
**************
余談だが、文化祭の中で野球場の売り子みたいに揚げパンを売り歩いている女の子2人組みがいた。「揚げパン買ってくださーい♪」と言われたので、「しぶいね揚げパン!」と応えると、なぜか瞬間的に「品川庄司の庄司に似てる!」と言われた…
文脈無視して言うほど似てるかなぁ…しかも初対面で全然知らない人なのに…
初対面でこんなことを言われたのは同期のS主事以来2人目だ。世の中いろんな人がいる。
というわけで今月2度面の山梨訪問。この日は都留文科大学文化祭「桂川祭」。何と今年は聖書研究会で初の展示をやるということで、喜び勇んで応援に行った。

学内に入るとそこはいかにも大学の文化祭!立ち並ぶテントではお好み焼き、たこ焼き、うどん、ポテト、から揚げ、と定番の出店!ステージでは耳が痛くなるような爆音のバンド演奏!…そしていろんな衣装に身を包んだ学生達が若々しく騒いでいるのは、いかにもいかにも大学の文化祭だった。
それからすぐにパンフレットで聖書研究会の教室を見つけ出し、直行。教室の前ではお馴染みの学生が聖研の立て札を持って立っていた。わくわくしながら入室…!!

実に爽やかな会場に、キリスト教について分かり易くかつ充実した内容の展示がなされていた。正直こんなにちゃんと準備しているとは思わず、予想以上のクオリティの高さに本当に感激した。

しかもかなり多くの人数がこの展示を訪ねていた。僕は昼時から夕方の終わるまでいたのだが、大体常時2〜3人が展示を見ていた。聖研メンバーの友達もたくさん訪ねてきて、メンバー達は驚きと喜びの中で一生懸命自分達の信仰を説明していた。ちなみに右上写真の一番奥の男子学生は、ビール缶片手に来場(笑)…一緒に来た友人たちと「十戒」の展示を見ながら「姦淫」を何と読むのか議論していた。そして何となく意味も分かったらしく「お前はだめだな、絶対クリスチャンになれん!」と言い合っていた。しかしその内の一人は最後は喜んでギデオン聖書を持って帰っていった。こんな風にいろんな来場者がいる。これもまた醍醐味。

途中、都留文の「ゆず」こと「望&順人」の賛美。

黒板には誰が書いたかこんなかわいいイラストも…「人はパンだけで生きるんじゃないんだよぉ〜」と脱力系のイエス様。

近くのY教会のT先生も応援に来て下さり、最後は記念撮影。終わってみて、とにかく良い意味でみんなの期待を裏切る大盛況だった。御言葉カードやチラシをのべ300枚も配布することができ、非常に用いられた時となった。ある学生は終わったときに「私は神様をなめていました…」と神様のなさるわざの大きさに驚きつつ感謝をささげていた。
その後皆で祝勝会。近くの中華料理屋でお腹を満たし帰宅。最近朝晩がめっきり冷えるが、本当に心温まる1日だった。僕は来週少なくともあと2つの文化祭には行こうと思っている。今からもう楽しみだ。
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余談だが、文化祭の中で野球場の売り子みたいに揚げパンを売り歩いている女の子2人組みがいた。「揚げパン買ってくださーい♪」と言われたので、「しぶいね揚げパン!」と応えると、なぜか瞬間的に「品川庄司の庄司に似てる!」と言われた…
文脈無視して言うほど似てるかなぁ…しかも初対面で全然知らない人なのに…
初対面でこんなことを言われたのは同期のS主事以来2人目だ。世の中いろんな人がいる。
NC(National Conference)というKGKの3年に一度の全国集会がこの3月に開催される。実は前回のNC2006から4年ぶりの開催となるが、それは昨年EARC2008があったから1年遅らせたため。だから普通なら前回のNC参加者が現役学生として多く残っているのだが、結果的に4年ぶりとなったためにほとんどの学生がNCに初めて参加する。
僕は前回のNC2006に学生として北陸地区から参加した。丁度1年から2年になる春休みだった。その頃の僕はずいぶん生意気盛りで、400人も集まる全国集会にドン引きして、絶対に行くもんか!と思っていた。NCなんてどうせ全国からテンションの高い奴が集まってイエーイ!みたいに浮かれているだけなんだろうと思っていたからだ。おまけに会場も遠いし、お金もかかるし。しかしそんな僕も、当時学内の先輩が何人か参加するのを横目になんとなく取り残されるような気持ちになり、「ま、メッセージはきっと素晴らしいだろうから、メッセージは聞きに行ってもいいかな。」とひねくれながらも参加を決めた。
そんな僕はNC初日、なんと最初のグループタイムで「こういう交わりは好きじゃない。僕はただここにメッセージを聞きにきました。」と発言。今振り返って、どれだけその言葉がグループリーダーを不安と苛立ちの中におとしめたことかと恥ずかしい限りである。本当に申し訳なかった。そしてそんな僕は案の定実際の400人の学生を前に、「あー…しんどい…」と思っていた。
しかしやがて、その嘆息の「あー…」は主の働きの豊かさと変わることとなる。異なる文化とそれまで見たことのない環境へのある種のカルチャーショックは、さまざまな形で実現する主の働きの実際を僕に知らしめ、やがて深い感謝へと変わる。同時に、そこで変わらないKGKスピリットがあることを実際的に見、同じ目的を共有していることを確認し告白する。そして共に祈り、励ましあう交わりを全国規模で経験する。そこには生きたKGKの働きが、よりはっきりと見えるのである。僕はこうしてNCの意味を、ようやく知っていく。
僕は昔は、大きな大会や集会は「現実逃避」のように思っていた。一時的な盛り上がりが、日常生活でどのような意味を持つのかに疑問があったからだ。しかし今はむしろ、逆ではないかと考えている。それらは現実逃避ではなく、現実の直視なのだと。なぜなら、僕たちが見るべき現実とは、日常生活の中で簡単にリアリティを失ってしまう「キリストの体の現実」だからだ。キリストの体の交わりの素晴らしさ、恵み、励まし、その現実的な姿を、僕たちは見て知る必要がある。
NCに行くことで、僕たちはその現実を実際に体で経験することができる。普段会えない兄弟と、キリストの体の生々しさを体感することができるのだ。そして他でもなく参加した自分自身もまたその体の一部であり、多くの友を励ます存在となることの現実をも知ることになるだろう。
「全国規模で祈りあっている」その現実を直視しよう。「共に学内活動に励む主にある兄弟が全国にいる」その現実を直視しよう。「主の働きが確実になされている」その現実を直視しよう。そのことは言うまでも無く、この上ない励ましとなってあなたを押し出してくれるだろう。そして同時に、そのあなたの参加と祈りが、全国の多くのキリスト者を励ます存在となることを経験しよう。
NCまであと半年を切っている。

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僕は前回のNC2006に学生として北陸地区から参加した。丁度1年から2年になる春休みだった。その頃の僕はずいぶん生意気盛りで、400人も集まる全国集会にドン引きして、絶対に行くもんか!と思っていた。NCなんてどうせ全国からテンションの高い奴が集まってイエーイ!みたいに浮かれているだけなんだろうと思っていたからだ。おまけに会場も遠いし、お金もかかるし。しかしそんな僕も、当時学内の先輩が何人か参加するのを横目になんとなく取り残されるような気持ちになり、「ま、メッセージはきっと素晴らしいだろうから、メッセージは聞きに行ってもいいかな。」とひねくれながらも参加を決めた。
そんな僕はNC初日、なんと最初のグループタイムで「こういう交わりは好きじゃない。僕はただここにメッセージを聞きにきました。」と発言。今振り返って、どれだけその言葉がグループリーダーを不安と苛立ちの中におとしめたことかと恥ずかしい限りである。本当に申し訳なかった。そしてそんな僕は案の定実際の400人の学生を前に、「あー…しんどい…」と思っていた。
しかしやがて、その嘆息の「あー…」は主の働きの豊かさと変わることとなる。異なる文化とそれまで見たことのない環境へのある種のカルチャーショックは、さまざまな形で実現する主の働きの実際を僕に知らしめ、やがて深い感謝へと変わる。同時に、そこで変わらないKGKスピリットがあることを実際的に見、同じ目的を共有していることを確認し告白する。そして共に祈り、励ましあう交わりを全国規模で経験する。そこには生きたKGKの働きが、よりはっきりと見えるのである。僕はこうしてNCの意味を、ようやく知っていく。
僕は昔は、大きな大会や集会は「現実逃避」のように思っていた。一時的な盛り上がりが、日常生活でどのような意味を持つのかに疑問があったからだ。しかし今はむしろ、逆ではないかと考えている。それらは現実逃避ではなく、現実の直視なのだと。なぜなら、僕たちが見るべき現実とは、日常生活の中で簡単にリアリティを失ってしまう「キリストの体の現実」だからだ。キリストの体の交わりの素晴らしさ、恵み、励まし、その現実的な姿を、僕たちは見て知る必要がある。
NCに行くことで、僕たちはその現実を実際に体で経験することができる。普段会えない兄弟と、キリストの体の生々しさを体感することができるのだ。そして他でもなく参加した自分自身もまたその体の一部であり、多くの友を励ます存在となることの現実をも知ることになるだろう。
「全国規模で祈りあっている」その現実を直視しよう。「共に学内活動に励む主にある兄弟が全国にいる」その現実を直視しよう。「主の働きが確実になされている」その現実を直視しよう。そのことは言うまでも無く、この上ない励ましとなってあなたを押し出してくれるだろう。そして同時に、そのあなたの参加と祈りが、全国の多くのキリスト者を励ます存在となることを経験しよう。
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